2024年1月2日、羽田空港で日本航空の旅客機と海上保安機との接触火災事故がありました。
この事故で旅客機は全焼しましたが乗客・乗務員379名は無事脱出、しかし海上保安庁機は大破したようで乗組員6名の内、機長は脱出しましたが重傷、残りの5名は死亡が確認されています。
そのお亡くなりになられた方の中で最年少が石井貴紀さん27歳です。
どんな経歴をお持ちなのか、また顔画像やFacebook・インスタ、出身高校や家族なども調査してみました。
今回は、【顔画像⁉】海保・石田貴紀さんのwiki風プロフィールや経歴、出身高校やFacebook、家族も調査してみましたのでご覧下さい。
【顔画像⁉】海保・石田貴紀のwikiプロフィール!
- 名前:石田 貴紀(いしだ よしき)
- 生年月日:1996~1997年
- 年齢:27歳没
- 職業:第三管区海上保安本部 羽田航空基地所属 通信士
2024年1月2日に羽田空港で発生したJAL516便と海上保安機との接触火災事故では、海上保安機の乗組員6名の内5名が亡くなりました。
石田貴紀さんはその犠牲者の1人で、海上保安機の通信士として搭乗し、まだ27歳という若さでお亡くなりになられました。
令和6年能登半島地震の被災地への物資の輸送の任務中の出来事でした。
顔画像については現在明らかにはされておりません。
海保・石田貴紀の経歴!
石田貴紀さんの経歴ですが、羽田空港での事故の際には、第三管区海上保安本部羽田航空基地所属の通信士として業務にあたっていました。
通信士石田貴紀(いしだ・よしき)さん(27)は栃木県の高校を卒業後、2015年4月に入庁した。船上勤務の経験もあるという。
栃木の高校卒業後の2015年4月に入省されたということ。

そして、海上保安庁ということを考えると、
- 海上保安学校
- 海上保安大学校
のいずれかへ進まれたものと思われます。
この両校とも国家公務員(国土交通省)となり、公務員として勉学に励む形となります。
在学中は、
- 給与:146,100円/月
- ボーナス:4.2か月分(2回に分けて)
が支給されます。
石田貴紀さんは卒業後、海上勤務の経験もあるということなので、通信業務に携わっていたものと思われます。
海保・石田貴紀の出身高校!

石田貴紀さんの出身高校は、
ではないかと思われます。
なぜ、この学校かというのは次項で説明いたします。
栃木県立小山高等学校の偏差値は57~59で、学力も高めの学校と言えます。
先ほどの、海上保安大学校・海上保安学校の難易度は課程によって変わりますが合格率14~18%ですので、狭き門を突破する学力が石田貴紀さんにはあったということですね。
海保・石田貴紀のFacebook・インスタ・SNS!

こちらが石田貴紀さんのものと思われるFacebookアカウントです。

と記載されており、先ほどの、
通信士石田貴紀(いしだ・よしき)さん(27)は栃木県の高校を卒業後、2015年4月に入庁した。船上勤務の経験もあるという。
という情報と一致します。
ということで、出身高校は栃木県立小山高等学校である可能性が高いということです。
こちらのアカウントを確認しますと、友達85人と幅広い交友関係を築かれていたということがわかりました。
投稿に関しては、画像を投稿されるのみでコメントなどは無く、2017年8月4日が最後の投稿となっています。
そして、インスタグラムやX(Twitter)などは調べてみましたが、石田貴紀さんのアカウントらしきものは発見できませんでした。
海保・石田貴紀の家族も調査!

石田貴紀さんのご家族についての情報は明らかになっておりません。
また、結婚されているのかどうかもわかりませんでした。
年齢も27歳という若さ、将来有望な人材が不慮の事故でお亡くなりになり、ご家族の悲痛な思いは想像もできないほど辛いものと思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。
【顔画像】海保・石田貴紀のwiki経歴&Facebook!出身高校や家族も調査!まとめ!
今回は、【顔画像⁉】海保・石田貴紀さんのwiki風プロフィールや経歴、出身高校やFacebook、家族も調査してみました。
石田貴紀さん、今回の羽田空港での不慮の事故により命を落とされたことは残念で仕方がありません。
ご冥福をお祈り申し上げます。



コメント