映画「チィファの手紙」公式サイト » PRODUCTION NOTE

出発点

出発点は、岩井俊二監督がぺ・ドゥナを主演に迎え、韓国で撮影したショートムービー『チャンオクの手紙』。この作品を長編にしたらどうなるか? この想定から企画開発が始まった。脚本を完成させた岩井監督は、日本、中国、韓国の三ヶ国でそれぞれ別の作品として創るというアイデアを思いつく。

中国は外国映画の上映本数が限られており、アニメーション以外の日本映画が公開される機会はこれまで非常に少なかった。ところが、映画祭でしか上映されていない岩井作品のファンが中国には大勢いることを、監督は訪中するたびに痛感していた。そんな中国の観客のために、中国の映画館で上映できる「中国映画」を撮りたい。その願いを実現するため尽力したのが、監督の古くからの友人で同世代のピーター・チャンだった。監督としてのみならず、プロデューサーとしても数々の成功を収めてきたピーターは、香港から中国に移り、この10年で築き上げてきた万全のチームを岩井のために提供。日本人監督が中国映画に挑戦することは難関との定評を大きく覆すことになった。

ローカライズ

ピーターの尽力もさることながら、こうした成功を支えた第一の要因は、ローカライズに時間をかけ、丹念に作り上げていったことにある。
脚本を翻訳して、中国人俳優が中国語で演技することで中国映画ができるわけではない。そうしたアプローチでは、現地の中国人が観て違和感のない作品には仕上がらない。そのために、ローカライズは欠かせない。

最も困難だったのは、回想シーンだった。チィファやチィナンの中学時代である1988年は、日本の1988年とはまるで違う。今回の舞台である旅順などの地方には車が走っていないし、スーパーマーケットも存在せず、夕ご飯のための買い物は道端に並ぶ市場が中心の時代だった。

チィナンにピアノを弾かせる設定も、その時代の一般家庭にはピアノなどなかったという。また、姉妹それぞれを自転車に乗せる画をイメージしても、一家に自転車が二台あるのはおかしい。犬を飼わせようとしてしても、ペットを飼う余裕のある家はほぼ皆無だったと伝えられた。中国人にとってのリアルを追求していった結果、日本版にはない、過去と現在の「距離」が顕著なビジュアルになった。時代の差が風景になり、風情を生んだのである。

ローカライズで重要なのは設定だけではない。会話の受け答えも、ただの翻訳では齟齬が発生する。日本語には当たり前の表現が中国語にはない。また、日本人なら何も言わないような場面でも、中国人なら何か言葉を口にするほうが自然。ネイティヴの中国人が納得できるような台詞をシーンごとに構築していった。まず、一度翻訳したものを中国の舞台役者たちに集まってもらい録音。その録音音源について、参加者全員でディスカッションしながら、あくまでも中国人にとって違和感のない会話劇を積み重ねていった。

撮影時も、ローカライズを意識した。たとえば、人と人との距離感。そして話し方。国が違えば、会話におけるマナーも違う。日常に根ざした物語であるからこそ、現実感ある所作の創出は必要不可欠だった。

徹底したローカライズが創り上げた「中国映画」としての達成は、中国で有名なトーク番組の司会者が岩井に伝えた言葉からもよくわかる。「あなたが外国人で初めてちゃんと中国映画を撮ることに成功した映画監督ですね。おめでとうございます」

キャスト

ピーター・チャンによるプロデュースの賜物だろう。中国人スターが集結。豪華な競演を見せた。

だが、そうした俳優陣だけでなく、岩井監督ならではのキャスティングもある。中国では年配の俳優は、中国独自のドラマ芝居に染まっている人が多く、岩井ワールドが求める演技とはトーンがズレることが多い。

そこで、高年齢のキャラクターに関しては一般の方にもオーディションに参加していただき、演技経験のない人も積極的に起用。たとえば、チィファの両親を演じているのは、チィファの実家として撮影にお借りした家に実際に住んでいるご夫婦。「なるほど」と納得させられる、岩井流キャスティングだった。

キャスティングと言えば、岩井監督自身がキャスティングされる一幕も。現地の映画宣伝部が、ティザーポスターに監督を「起用」したのだ。

映画の撮影がお休みの日にポスターを撮影。監督:岩井俊二。プロデューサー;ピーター・チャン。主演:ジョウ・シュン。この3人のコラボレーションを全面に押出してプロモーションしたい。それが宣伝部のコンセプトだった。監督がポスターに登場することは日本ではまずありえないが、中国でも異例のことだという。岩井俊二は中国でそれだけのバリューがあるということなのだろう。

極寒の冬の海での撮影。そのとき使われたカチンコやヘッドフォンという小道具は、『四月物語』『リリイ・シュシュのすべて』のイメージビジュアルへのオマージュ。そして、3人が並んで歩く姿は『PiCNiC』を想起させた。こんな一コマからも、中国映画界の岩井映画へのリスペクトが感じられた。